北里柴三郎博士はテルモの創設発起人の一人だった
テルモの前身、赤線検温器株式会社の設立に大きな力となり、いわばテルモの生みの親となったのが、「近代医学の父」とも言われる北里柴三郎博士でした。北里博士は、明治時代にドイツに留学し、コレラ菌の発見で知られるコッホに師事、破傷風の血清療法を発明するなど、ノーベル賞候補に挙げられたほどの世界的な医師であり研究者でした。
良質な体温計メーカーを設立したい
1921年(大正10年)当時、日本で使われていた体温計の多くはドイツからの輸入品でした。しかし、第一次世界大戦の影響で、輸入品が途絶え、日本の医療に深刻な影響を及ぼしました。
このような背景のもと北里柴三郎博士ら日本の医学者たちが発起人となり、体温計の国産化を目指し、テルモは設立されました。

北里 柴三郎 博士(1853-1931)
1853年熊本県阿蘇郡小国町北里に生まれ、1874年(明治7年)、東京医学校(現・東京大学医学部)に入学し、「病人を救う医療も大切だが、医療の使命は病気を予防することにある。」と考え、内務省衛生局(現在の厚生労働省の前身)に勤務しました。ここで国民の衛生思想や予防医学について関心を深め、この考えは後年、テルモの設立趣意書の中にもある「国民の保健は衛生思想の普及にかかること」や、「国民の健康が国家安定の基礎」であるという一文の中にも見て取れます。博士にとっての体温計は、国民保健の一助であり、現在もその考えは受け継がれています。
テルモ体温計の歴史を刻んだ基準器
温度を正確に測るとき、その基となる基準ガラス製温度計です。
1923 年(大正12 年)ドイツ製
体温計をドイツ語で「テルモメーテル」と発音しますが、これが社名の由来です。
90年の時を経て
先人より培われてきたテルモの技術と実績を礎にして、これからも使いやすさと精度の向上をめざし、製品の開発に取り組みます。







