公開日2021.08.30
※当コンテンツの内容は2021年7月時点の情報となります。
体温を調節する仕組みには、汗をかくなど無意識のうちに体が行うもののほかに、行動を伴うものがあります。
例えば、夏の暑い時に「冷房をつける」という行動が、これにあたります。このような行動を促す仕組みを詳しく調べたところ、「冷房をつける」のは、暑いと感じたからではなく、暑いことを不快に感じたからだ、ということが動物実験で発見されました。
直感的には理解しにくい、ちょっと不思議な話ですが、こうした研究結果は、熱中症の予防法の開発などにつながる可能性があります。
監修:中村和弘 名古屋大学大学院医学系研究科 総合医学専攻 統合生理学分野 教授(薬学博士)
寒い時には体温が低下しないように、暑い時には体温が上昇しないように、体温を調節する二つの仕組みがあります。一つは無意識に起こる体の仕組み(自律性体温調節)であり、もう一つは意識的に行われる仕組み(行動性体温調節)です。
無意識に行われる仕組み(自律性体温調節) ⇒ 寒い時にブルブルふるえる、暑い時に汗をかく
意識的に行われる仕組み(行動性体温調節) ⇒ 寒い時に上着をはおる、暑い時に冷房をつける
無意識に起こる自律性体温調節については、研究が進み、その仕組みが明らかになってきています。一方、意識的に行う行動性体温調節の仕組みは、まだまだ謎に包まれていますが、最近、ちょっと驚くべき発見がありました。
それは、冷房をつけるのは、暑いと感じたからではない、ということです。さて、どういうことか、この発見につながる動物実験を簡単に紹介します。
なぜ、冷房をつけるのですか? と聞かれれば、迷うことなく「暑いから」と答えるはずです。
「暑い」と「感じる」から冷房をつけるという「行動」につながると考えるのが当たり前です。
ところが、動物実験の結果から、この当たり前はまちがいだとわかったのです。
一方は適温のプレート、もう一方は暑い温度に設定したプレートを用意し、ふつうのネズミ(ラット)と、暑さ・寒さを感じるための脳の一部が壊れたネズミの行動を比べてみました。
ふつうのネズミは、予想通り、ほとんどの時間を適温のプレートで過ごしました。しかし、不思議なことに、暑さ・寒さを感じるための脳の一部が壊れたネズミも、ふつうのネズミと同じように、暑さを避けて適温の場所を選ぶことができたのです。
温度を感じること=「暑い」と感じることができなくても、快適な環境を選べるのはなぜなのか? 神経の働きや脳の仕組みについて、さらにネズミを使った実験で詳しく調べると、「暑いと感じる」情報伝達の通り道と、「暑いことを不快だと感じる」情報伝達の通り道は、別のルートだということがわかったのです。
この結果、暑いと感じるから冷房をつけるのではなく、暑いことが「不快だ」と感じることで、冷房をつけるという行動につながることがわかりました。
このことは例えば、熱中症を防ぐ行動をとるためにはどんなことが必要なのか、というヒントを与えてくれます。
今後、「不快感」「快適感」を生み出す脳の神経回路など、生命を守るための行動に関わる仕組みがさらに解明されていけば、熱中症予防など、生命の危険から身を守ることに役立てることができるかもしれません。
中村和弘
名古屋大学大学院医学系研究科 総合医学専攻 統合生理学分野 教授(薬学博士)
1997年京都大学薬学部卒業。2002年京都大学大学院薬学研究科博士後期課程修了。米国・オレゴン健康科学大学博士研究員、京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット准教授等を経て、2015年から現職。