公開日2021.08.30
※当コンテンツの内容は2021年7月時点の情報となります。
※※2023年7月一部修正
体温のコンディションを整えると、ぐっすり眠れるのでしょうか。睡眠と体温の深い関係をご紹介します。
監修:内山真(東京足立病院院長/日本大学医学部精神医学系客員教授)
目次
日本人の成人の5人に1人が睡眠についての悩みを抱えているといわれます。眠れない原因としては、体の不調、環境の変化、精神的ストレスや心の病気、薬やアルコールなど、いろいろなことが考えられ、不眠への対策もいろいろです。
その対策の一つとして、意外なようですが、「体温」があります。子育てをしたことのある人なら、赤ちゃんが眠る前、手足がぽかぽかと温かくなるのを知っているはずです。手足が冷たい冷え性の人の多くは、寝つきが悪くて悩んでいます。
また更年期障害で顔や体がほてって眠れないということもよく聞きます。
このように体温は、睡眠と深い関係をもっています。そこで、体温をどのような状態にしたら快適によく眠れるか、快眠法を考えてみました。
1日の体温の動きは、大きく分けると二つの仕組みによって調節されています。一つは体内時計、もう一つは熱産生・放熱機構です。
体内時計は、おでこの奥のほうにある脳の「視交叉上核(しこうさじょうかく)」にあり、体温リズムだけでなく、睡眠と目覚めなど、さまざまな生体リズムを作り出しています。
この生体リズムは、朝から昼、夜への1日の変化や、季節の変化に対し、効率よく適応できるように体の状態を調節しています。
熱産生・放熱機構の中心は、耳の奥のほうにある脳の「前視床下部」にあり、体内時計が時間の進行とともに設定を変化させる基準値に体温が近づくよう、熱を作ったり、熱を体外に逃がしたりして体温を調節しています。
この2種類の仕組みによって、体温は睡眠と目覚めのリズムを調節し、睡眠もまた体温調節に関わっているのです。
夜は体温が低くなります。その原因の一つは、昼間とちがって、ほとんど体を活動させないことですが、それ以外にも、睡眠自体が体温を低下させていると考えられます。このグラフのように、まったく眠らないでいても夜は体温が少しは下がりますが、眠ったほうがさらに体温は低くなります。
睡眠に入ると、体温の基準値が下げられ、皮膚を通して放熱が活発になります。また、代謝が低下し、体内で生み出される熱の量(熱産生)も少なくなります。
ノンレム睡眠(*)で、とくに眠りが深い「徐波睡眠」になると、放熱が非常に活発になり、発汗を伴い、体温の低下が大きくなります。
(*)ノンレム睡眠
睡眠には大きく分けてレム睡眠とノンレム睡眠の二つの状態があります。レム睡眠は体が眠っている状態、ノンレム睡眠は脳が眠っている状態です。レム睡眠とノンレム睡眠は、交互に繰り返されています。
深部体温と皮膚温の動き、そして眠りやすさの段階を同時に測定してみました。
グラフ中の「手足の甲の体に対する相対的温度」は、手足の甲の皮膚温から、首のつけ根にある鎖骨の下の皮膚温(胴体ないし体幹の温度に近い)を引いたものです。
その結果のグラフを見ると、手足の甲の体に対する相対的温度が上昇するほど、深部体温(体の内部の温度)が低くなるほど、眠りやすさが強くなっています。
つまり眠りに入る時に、手足の甲の皮膚血管が開き、体に対する手足の相対的温度が上昇します。そして、手足から外界に熱が逃げていくことで体の内部の温度が下がっていきます。眠いとき、赤ちゃんの手が温かくなるのと同じで、特定の皮膚部位(ここでは手足の甲)から熱を外界に逃がすことで体の内部の温度を下げ、脳温も下がって眠りに入るのです。
人間の脳はほかの動物と比べて高い機能をもっており、昼間は脳をフルに使って生活しています。そこで疲れた脳が オーバーヒートしないように、脳の温度を下げて休ませ、脳の疲労を回復させるのが睡眠、とくにノンレム睡眠なのです。
1時間=60分のうち、40分間は腰掛けて安静にし、あとの20分間は横になってもらうというパターンを72時間くり返しました。この間じゅう深部体温や皮膚温を測定しました。そして横になっている20分間に脳波を測定し、眠ったのが何分間かをもって、その時の眠りやすさとしました。
遅寝遅起きの夜型生活が続いていると、なかなか通常の睡眠時間帯に戻すのが難しくなります。とくに、若い人たちの中でこうした傾向が見られます。試験勉強で夜更かしが続いたり、夏休みや冬休みで夜更かしをしてさらに朝も寝坊する生活が続いたりしていると、夜に望ましい時刻に床についても眠れず、朝に起きなければいけない時刻になっても目が覚めないといった状態になります。
これは概日リズム(体内時計によって作られるリズム)が遅れてしまったために起こるものです。体温の概日リズムが遅れると、本来床について眠りにつく時間であってもまだ体内部や脳の体温が下がっていないため、なかなか眠れません。朝はまだ体温が上がってこないため覚醒して起床することが困難なのです。
体質的に夜型の人は概日リズムが遅れた状態から戻すのが不得意です。そのために、いったん概日リズムが遅れてしまうと戻すのが困難になります。こうした状態が慢性的に起こる場合、概日リズム睡眠・覚醒障害の、睡眠・覚醒相後退障害と呼ばれる睡眠障害の場合があります。
反対に、中高年の男性では概日リズムが早まってしまい、夜の早い時間帯から眠たくなってしまう一方、夜中から早朝に目が覚めてそれからは眠れなくなるという状態になることがあります。これが慢性的に続く場合、概日リズム睡眠・覚醒障害の、睡眠・覚醒相前進障害と呼ばれる睡眠障害の場合があります。
深部体温の概日リズムが睡眠とうまくマッチしていると、深部体温の下がった心身が休息状態にある時によく眠ることができます(中段)。
しかし、深部体温リズムが前進していると、望ましい時刻より早くから眠たくなり、早朝に目覚めてしまいます(上段)。深部体温リズムが遅れていると、望ましい時刻になっても心身が休息状態になっていないため眠れず、朝は心身が休息状態から覚めていないため起床が困難になります。
睡眠中の環境温度によって睡眠の量や質が変わることが、いろいろな実験を通じてわかってきました。
睡眠中だけでなく、睡眠をとる前に体温を変化させることで、うまく眠れる可能性があります。
内山 真
東京足立病院院長/日本大学医学部客員教授
1954年、横浜生まれ。1980年、東北大学医学部卒業。1991年、国立精神・神経センター精神保健研究所。1992年、ドイツ ヘファタ神経学病院睡眠障害研究施設に留学。2006年、日本大学医学部精神医学系主任教授。2020年より現職。